老人と言語/アジアコラム

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老人と言語

老人と言語

 アジアを旅している時に出会った、アジアに住む外国から来た老人についてです。

 アジア諸国には、外国から来た肌の色や国籍が様々な老人達が多く住んでいます。 彼らがアジアに住み着くようになった理由は、大きく分けると2通りあります。

 1つ目は物価の安いアジアで風俗三昧の生活をするために何度も訪れて、 年老いてからも性欲だけは衰えず、日々「沈没者」として生きる人々です。 そして、もう1つは発展途上国のために生きる老人達です。

 僕がベトナムの飲み屋さんで友達と一緒に飲んでいると、 一人の怖そうな白人の老人が僕の隣に座りました。 年にして60歳後半でしょう。大きな声で怒鳴りながら、 流暢な英語とスペイン語、それに現地の言葉まで使って多くの人々と話をしていました。 僕はその老人が何処か他の「沈没者」と違っているように思えて、 話しかけてみる事にしました。

 怖そうな老人は、しわしわの顔から覗く大きな薄い青色の目で、 僕を「ギロ」と睨み付けて話ました。 「お前はこんな不味いビールを良く飲めるな、小便のにおいがする!」 と、老人はおいしそうにグラスのビールを飲み干しながら僕に言いました。

 どうやらその老人は、 夜になるといつもその飲み屋さんに現れて毎日その「不味いビール」 を飲んでから家に帰るようでした。

 僕は、「ただの酔っ払い老人が、 現地の人や他の旅行客からたくさん話しかけられる訳が無い」と思い、 もう少しその老人と話をする事にしました。

 すると老人は僕の方に向き直り、「不味いビール」をグラスに入れて語り出しました。

 老人はスペインに生まれて、気が付くと世界を何十年も旅して周っていたそうです。 そして世界を旅して周る内に覚えた言語は、 アジア諸国の言葉を代表に15以上(何ヶ国語か詳しくは分からないようです)。 「旅した国は多すぎて分からない」と僕に軽く言い放ちました。

 老人はとても口が悪いのですが、 僕が老人の悪い言葉遣いを許せる事には理由がありました。 それは、僕が外国語を覚える難しさを知っているからです。 言語を覚える事は3ヶ国語目からは「そう難しくない」と言う話を聞いたことがありますが、 「言語を覚える意欲」と言うのは簡単に持てるものではありません。

 また、世界的に使われる英語やスペイン語を覚えるのなら理解はできますが、 「現地でのみ使う事ができる言葉や、少数民族のみが使う言葉を覚える」と言うのは、 よほどの利益が得られるか、 その国や地域の事を溺愛していないとできる事ではありません。

 僕は、その老人がどうやら観光客や欧米人達には「ぶっきらぼう」に話し、 ベトナムの人達には何処か優しく話しているように見えました。

 老人と1時間ほど話した最後に「俺は今、英語を教えている。 誰もスペイン語を覚えようとしないから英語を教えているんだ。」 と言いながら、残りの「不味いビール」を飲み干し大笑いしながら席を立ちました。

 老人の背中を見送りながら、周りのベトナム人に老人について聞いてみると、 その老人は何年もその町で英語を無料で教えていて、 その町にいるベトナム人の多くが老人から無料で英語を教わり、 外国人相手の商売を成功させたそうです。

 多くのベトナム人に声をかけられながら、 ゆっくり家路へと進む老人の背中を見送った後、 僕はもう一杯「不味いビール」を注文する事にしました。

 「不味いビール」を飲むと、今でも薄い青色の目が優しく輝くのを思い出します。